このエントリーをはてなブックマークに追加
Clip to Evernote

広島カープの黒田投手の年俸推移と成績について書いていきたいと思います。

スポンサードリンク

年俸推移について

下記の表にまとめました。

メジャーリーグ在籍時は$計算になります。

年度 年齢 年俸
1997 22 1300万円
1998 23 1800万円
1999 24 1500万円
2000 25 2000万円
2001 26 3500万円
2002 27 7200万円
2003 28 9000万円
2004 29 1億2500万円
2005 30 1億1500万円
2006 31 2億円
2007 32 3億円
2008 33 $7,433,333
2009 34 $12,433,333
2010 35 $15,433,333
2011 36 $12,000,000
2012 37 $11,700,000
2013 38 $15,000,000
2014 39 $16,000,000
2015 40 4億円

スポンサードリンク

成績について

年度 所属球団 登板 勝利 敗北 セーブ ホールド HP 関東 完封勝利 無四球 勝率
1997 広島東洋 23 6 9 0 4 1 0 0.4
1998 広島東洋 18 1 4 0 0 0 0 0.2
1999 広島東洋 21 5 8 0 2 1 0 0.385
2000 広島東洋 29 9 6 0 7 1 0 0.6
2001 広島東洋 27 12 8 0 13 3 3 0.6
2002 広島東洋 23 10 10 0 8 2 1 0.5
2003 広島東洋 28 13 9 0 8 1 4 0.591
2004 広島東洋 21 7 9 0 7 1 1 0.438
2005 広島東洋 29 15 12 0 0 1 11 1 3 0.556
2006 広島東洋 26 13 6 1 0 0 7 2 3 0.684
2007 広島東洋 26 12 8 0 0 0 7 1 2 0.6
2015 広島東洋 26 11 8 0 0 0 1 0 0 0.579
通 算 297 114 97 1 0 1 75 14 17 0.54

 

年度 所属球団 打者 投球回 安打 本塁打 四球 死球 三振 暴投 ボーク
1997 広島東洋 601 135 147 17 63 4 64 8 1
1998 広島東洋 199 45 53 5 24 1 25 1 0
1999 広島東洋 406 87 106 20 39 3 55 4 0
2000 広島東洋 623 144 147 21 61 1 116 3 0
2001 広島東洋 786 190 175 19 45 8 146 7 0
2002 広島東洋 671 164 166 16 34 1 144 1 0
2003 広島東洋 827 205 197 18 45 3 137 5 1
2004 広島東洋 639 147 187 17 29 2 138 1 0
2005 広島東洋 852 212 183 17 42 7 165 7 0
2006 広島東洋 744 189 169 12 21 7 144 5 0
2007 広島東洋 738 179 176 20 42 5 123 1 0
2015 広島東洋 685 169 158 8 29 7 106 3 0
通 算 7771 1870 1864 190 474 49 1363 46 2

 

年度 所属球団 失点 自責点 防御率
1997 広島東洋 72 66 4.4
1998 広島東洋 34 33 6.6
1999 広島東洋 70 66 6.78
2000 広島東洋 73 69 4.31
2001 広島東洋 72 64 3.03
2002 広島東洋 69 67 3.67
2003 広島東洋 77 71 3.11
2004 広島東洋 81 76 4.65
2005 広島東洋 76 75 3.17
2006 広島東洋 49 39 1.85
2007 広島東洋 78 71 3.56
2015 広島東洋 53 48 2.55
通 算 804 745 3.59

野村克也元監督が話していましたが、黒田攻略にはあまり苦労した記憶がないという話をされていました。
これは黒田投手の年俸の推移を見てみるとわかるかもしれません。
実際に入団4年目までは防御率も4点~6点台と攻略されまくっていた。という風に見受けられます。

入団5年目は3.03という防御率で勝利数も12勝と大きく羽ばたいて、そこから一気に年俸が上がりました。

そんな中で他球団の強打者にもがきながら努力を重ねて広島のエースに成長しました。

そして2006年にはFAの権利を獲得。
メジャーに行くのかカープに残るのか。

黒田投手の決断はカープファン及びカープのの選手を相手にボールを投げるっていうのが自ら想像がつかなかったという理由でカープ残留を決意。

夢やお金よりもファンを選んだということで大きくわかせました。

その翌年もエースとして活躍。そしてメジャー移籍を決意。
移籍の決意は、カープで野球人生が終わるのもよいと思ったが、自分の中でチャレンジしてみたいという気持ちが強くなったという面が決断に至った経緯ということだそうです。

そして3年間ドジャースで活躍。
その後名門ヤンキースに移籍。

名門ヤンキースで先発ローテーションを守るというのは並大抵の実力じゃないとできないと野村元監督が話されたように。黒田投手は活躍をつづけました。
これはカープファン及び日本人にとっても凄いことだと感じます。

スポンサードリンク