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天海祐希さんは老若男女からの支持が熱い女優さんです。

個人的にはさばさばな姉御肌。
理想の上司にも選ばれている天見さんですが、彼女がどのような経緯で現在までこられたのか
家庭環境を含めて考察してみました。

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天海 祐希さんプロフィール

名前 天海 祐希
生年月日 1967年8月8日
出身 東京都台東区東上野
身長 171cm
血液型 O型
星座 しし座
動物占い たぬき

出身校:宝塚歌劇団
事務所:研音

天海 祐希さんエピソード

 

1987年、73期生として宝塚歌劇団に入団します。

1989年、歌劇団ニューヨーク公演(メイン・大浦みずき、他に紫苑ゆうらが出演)メンバーに選出。

1993年に初舞台から7年(正式には6年半)で月組トップスターに就任。

1995年12月、28歳の時に『ミー・アンド・マイガール』で退団されます。この退団の時には多くの話題になり特集なども組まれました。

2003年1月1日付けで現在の所属事務所である研音へ移籍されました。

個人的には天海さんのドラマで一番印象に残っているのは

「女王の教室」ですね。

とっても恐ろしい先生と、それについていくしかない生徒。賛否両論を呼びましたが、非常に奥の深いドラマだったと思います。

実家の情報と幼少期について

母親が美容師、
父親が会社社長という当時で言うと恵まれていた環境だと考えられます。
40年以上も昔で宝塚を志せるということはそれだけの資金力と応援が必要になってきます。
本人も演劇に興味がありそれを特に否定されない環境に育ったというのが大きなアドバンテージなったものではないのか。

幼少期は比較的やんちゃに男の子とも遊ぶような子だったということで、男勝りなイメージはこのころからあったのではないかと推測されます。

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そこからの飛躍 宝塚での活躍

中学で演劇部に入りそこでも宝塚ファンの担任に勧められて宝塚への入学が決まった。
とはいうものの入学までには受験準備のために宝塚入学専用の学校に通っていたということである。
そこでは2年間1日も休まず通い続けたということで相当な努力家でもある。

もともと首席で宝塚に入学実力は十分にあったそうです。
宝塚では成績優秀者は委員を務めなければならないということで、そこでも色々と問題があったことでしょう。
卒業時には18番ということだったそうですが、
初舞台から7年での月組トップスターでスピード出世

宝塚に入ってから約10年での退団で世間は驚きましたが、その後のドラマ等の活動は素晴らしいものがあります。

今後の活動について

意外と出不精であるという情報もあります。
オフの時は家に引きこもっていることがおおいということで、結婚されない理由もそこにあるのかと考えられます。または、女優さんは仕事一筋の方が多いのでこれからも結婚はしないのか?

下記のような面白い発言もされています。

・恋愛は面倒くさい

・理想のタイプとかもはるか昔に忘れた。

・振り向かせるために頑張らなきゃいけない相手ならやめた方がよい。

・相手を放っておくことは相手にかかわらないことではなくて、相手を信用すること。

いずれにしても彼女の活躍は素晴らしいものです。
今後も天海さんの活躍に期待しましょう!

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